ひとりごと


就学指導って何でしょう。その子にとって最もよい就学先を考えてくれるところではないんですか。知的に重い子や自閉症の思い子は養護なんですか。本当にその子にとってよいところなんでしょうか

小学校の特学では専門的な教育は受けられないの?生まれ育った地域で教育を受けられないことがよいことなの?近所のお友達と同じ学校に行けないことがよいことなの?幼稚園までは一緒に暮らしていて小学校に上がると別々にされるのはいいことなの?遠い、車で30分もかかる養護学校に行くことがいいことなの?送り迎えをする保護者は、送り迎えに時間を取られて仕事をやめざるを得なかったり、限られた仕事にしか就けなかったりする。どうしても働かなくてはならない親は、子どもを寄宿舎に入れる。まだ7歳や8歳の子どもが親と離れて暮らして、その子どもにとって本当にいいことなんですか?障害の重い子ども達を集めて、普通の子ども達と分けて別の場所に集めて、本当に養護学校はよいところなのでしょうか

養護学校の先生達は、素晴らしい人たちばかり。勉強熱心だし、障害を持った子どものこと家族のことを親身になって考えてくれる。だから、養護学校の中では安心です。でも、なんか納得できません。皆さんはどうでしょうね。自分の子どもを養護学校に入れたいですか?普通の学校に入れていじめがあったり、上手い対応をしてもらえずに子どもが苦しんでいたりして養護学校を選ぶ人もいるでしょう。それはそれでいいと思います

養護学校に是非行かせたいと言う保護者の方もおられますよ。それはそれでいいと思います。養護学校で専門的な教育を受けて様々な力を獲得させたい。とても納得できます。でも、できればそういう教育を地域の中で受けられるようにして欲しいです

地域の中で育てたいです。学校だけでなく地域の子供会や地域活動の中で、地域の人たちや子供たちに見守られたり時には自分自身が役に立って認められたりお互い助け助けられながら育てたいです。スーパーに買い物に行った時に「あっ○○ちゃん。お母さんと買い物に来たの。」と声を掛けてもらえることって大切でしょう。お互いに大事なことだと思いますよ。大きくなって、働けるような年頃になってその時にちゃんと地域の一員としてみんなに認められて暮らすことができればいいなあと思います。それは普通の子どもだって同じこと。障害のある子どもだって同じこと

障害が重ければ重いほど、親は、ずっと永い将来のことまで考えています。そういう親の願いを「就学判定」一つで決められていいのでしょうか?親の意思が最後は尊重されるとは言え、普通の親にとって判定結果って結構重いんですよ。できる限り、地域の中で育てられるように力を貸してくれる。それが行政ではないのかな。この地域に住む子供がこの地域の中で幸せに暮らせるように税金を使うのが地方行政ではないのですか

ある学校で市の就学指導委員会での判定が出ました。ある学校のある子どもの就学判定は、「養護適」でした。確かに、自閉症の重いお子さんだと思います。でも、何をもって「養護適」とするんでしょうね。知的能力でしょうか。社会性でしょうか。判定のあり方については、今回は話題にしませんが、そのある学校では、校長が次のように言ったそうです。「就学判定に従って就学指導をするように。」つまり、「養護適」と判定されたから養護学校に行かせろということです

全く嫌になります。だから就学指導など受けさせなければ良かったと思います。今後の指導の参考にと言うことで受けたはずだったのに。その子は、学校で安定しているんですよ。入ってきた当事に自傷が激しくてパニックを起こして何枚もガラスを割りました。今は、そんなことは全くありません。とても安定しています。いろんなことができるようになっています。ニコニコと笑顔で毎日暮らしています。担任の先生も日々勉強を重ねて専門性を増しています。だけれども、就学判定が「養護適」だから養護学校だと校長は言うのです。ただ、厄介払いをしているようにしか見えませんけどね

「特学にそういう重い子供がいるから通常学級にいるグレーゾーンの子どもが特学に入れない。」そういう話も聞きます。・・・筋違いでしょう。世の中ってそうやって大変な人を特定の場所に一まとめにしようと言う構図なんですか

「適切な就学指導」という言葉があります。どんな就学指導なんでしょうか?「適切な就学指導がなされていないから学校が大変になる」と言う話も聞きました。学校が大変なのはその子達のせいなんでしょうか

ノーマライゼーションとかインクルージョンなんて言う理念はまだまだ先の話なのでしょうかね。福祉の方では、脱施設化だとか自立支援法などと進んできていて障害のある人はどんどん社会に放り出されるような感じになってきて、一方教育は、また就学認定が厳しくなってきて・・・。そういえば認定就学者制度と言うのができましたが、校長や教育委員会の方々はその意味をちゃんと理解してくれているのかな?まあ誰でも通常の小中学校に入れると言うわけではないけど、知的障害や自閉症の子ども達には門戸が開かれたものだと思います。それを閉ざすな~~。(ある地方の市よ)

なんか無力感を感じる毎日ですね。少しずつ努力して拡げてきたものをパタッと閉じられてしまったような気がします。

匿名希望です。ばればれですか

この記事へのコメント

夏の香
2006年11月25日 19:51
就学についてはなかなか難しい問題がいろいろあるようですね。
今から10数年前、奥中山にいました。
私は養護学校の教員でしたが、近くにカナンの園という法人がありました。
そこでは義務制になる前は学園にいた小学生、中学生は地域の小学校、中学校に通っていました。
義務制になったとたん養護学校に通うことになりましたが、それまでの交流(今でいうインクルージョンでしょうか)もあり、ごくごく自然に障害のある子を地域の方々が受け入れていました。

現在M養護学校に勤務させてもらったいますが、とにかく広範囲から子ども達がきており、居住地交流が昨年から始まったとはいえ、なかなか地域が見えてこないことを感じています。
一方、障害が重くて地域の学校に行った場合、加配がなかなかつけれなかったり、二次的な障害を受けてしまったりすることもあります。
ある時期、個別的な支援を受けることで、次には集団に入れることもあります。

地域の小学校、中学校に本当は障害がある子も通ってほしいけれども、世の中すぐには変わりそうもありません。
養護学校はそれまでの退避場所かも。


石ころ
2006年11月28日 09:49
「ひとりごと」さんが述べていることに賛成です。悩みも同感です。1994年のサラマンカ宣言で「すべての子どもは教育への権利を有しており、満足のいく水準の学習を達成し維持する機会を与えられなければならない。」「特別な教育ニーズを有する人びとは、そのニーズに見合った教育を行えるような子ども中心の普通学校にアクセスしなければならない。」「インクルーシブな方向性を持つ普通学校こそが、差別的な態度とたたかい、喜んで受け入れられる地域を創り、インクルーシヴな社会を建設し、万人のための教育を達成するための最も効果的な手段である。」
としています。この考え方に基づいて、各国はインクルーシブの方向に教育制度を変えています。もはやOECD加盟国では日本と幾つかの国?お隣の韓国も既にインクルーシブ教育に移行しているようです。
石ころ(続き2)
2006年11月28日 09:51
サラマンカ宣言はさらに、すべての政府に対し次のことを訴え、実施を迫る。「自らの教育システムを改善して、個々の違いや抱える困難さとは関係なく、すべての子どもをそのなかに組み入れることができるような政策や財政に高い優先的順位を与えること。法律ないし政策の問題として、別の方法で行わざるを得ないという止むにやまれぬ理由がない限り普通学校にすべての子どもを在籍させるインクルーシブな教育の原則を採用すること」「特別な教育ニーズに見合った教育の提供に関する計画と意志決定の過程に保護者、コミュニティおよび障害者団体の参加を促し可能にすること」等々と述べられています。
石ころ(続き3)
2006年11月28日 09:51
12月には国連で「障害者権利条約」が採択される予定になっています。その中で批准国は即時インクルーシブ教育に移行する旨明記されているようです。日本は条約草案をつくったアドホック委員会に出席し「日本もインクルージョンに向かう」旨、発言しているようです。先の条約を批准した時点で、関係する全ての国内法を変えなければならないという手続きが入ります。その時に、真のノーマライゼーション、インクルージョンを踏襲するのかは疑問です。
危惧することは、財政事情からインクルーシブ教育に移行してしまうことかと思います。それによって、必要なサポーター教員や施設・設備の改善も行われない、さらには、教育の地域格差は容認され、「特別なニーズ教育にみあった教育の提供」がなされなくなることではないかと思います。
石ころ(続き4)
2006年11月28日 09:52
現在、先の特別支援教育国会の「学校教育法一部改正」を受けて、文科省は学校教育法施工令、施行規則と関連政省令の作成しているようです。その為のパブリックコメントで「就学指導」「障害の故障の程度」について意見を求めています。きっとアドバルーン?でしょうが、就学指導委員会の不要論や人権侵害も指摘されていますので、権限は抑えられていくものと思います。それとともに地域の父母や支援団体、支援者の力が今以上に必要となってくると思います。「えぇ町つくり隊」のような団体が地域で活動することが、多くの子どもたちと保護者の夢を叶え、障害のある人もない人も一緒に暮らすことができる街づくりに発展するものを思います。
障害の有無、程度によって、本人、保護者の意向を組み入れないで「選別」することは許されない状況と思います。本人、保護者の「学校選択」が最低限の人権上の権利保障であるべきと思います。
隣人
2006年12月14日 22:26
近くに自閉症児がいますが、対処に困っています。
隣人には知る権利も何もありません。
上記の内容には大変共感できるのですが、今自分の周りで起こってることを考えたら賛成しかねます。なぜならば、隣人にはなんの発言権もないからなのです。
ちょっとアドバイスをしたくても、「その発言は差別だ」「障害に対するやがらせだ」といわれてしまえばどうしようもありません。
逆恨みをされては?と思ったら何も出来ない現状です。
どうしたらいいのでしょうか?
障害者の親の皆さんがいい人、話の通じる人ではないのです。隣人はどこに頼ればいいのでしょうか?本当に教えて欲しいです。

2008年12月08日 23:17
はじめまして。コジローさんのブログよりたどってきました。
一年前に悩んだ就学問題・・私もまさに、県立教諭を退職し、今頑張っています。
勝手ながら、自身のブログに紹介させていただきましたこと・・お許しください。
これからも、よろしくお願いいたします!

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